神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1774号 判決 1996年6月10日
当事者の表示
別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇六万五〇一五円及びこれに対する平成五年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一七七万五〇二五円及びこれに対する平成四年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、昭和五〇年代末ころから、原告の妻や母の名義で、昭和六一年からは原告自身の名義で、被告神戸支店との間で株式等の取引を行っていた。
(二) 被告は、有価証券の売買等の証券業を営む株式会社である。
2 本件ワラント取引
被告の神戸支店従業員であったB(以下「B」という。)は、平成元年一二月一三日夕方、電話で原告に対し、伊藤ハムワラント(外貨建て、以下「本件ワラント」という。)を一七七万五〇二五円で購入するよう勧誘したところ、原告は買受けを承諾し、そのころ被告に右代金を支払った(右ワラント売買を、以下「本件ワラント取引」という。)。
3 ワラントについて
(一) ワラントの商品構造
(1) 権利行使期間
権利行使期間は、ワラントの発行時に定められるが、社債の満期償還日あるいはその前の一定日とされ、発行後四ないし五年とされるものが多い。この権利行使期間を経過すると、ワラントはまったくの紙屑と化す。
(2) 権利行使価格
ワラント債発行時に定められ、普通のワラント債の最終発行条件決定時における当該ワラント銘柄の株価の一〇二・五パーセントと決められる。但し、ワラント起債後の無償増資や公簿発行による発行株式総数の増加により調整されることがある。
(3) 一ワラントの権利行使による取得株数
額面金額(外貨建の場合はその時の為替レートで円換算する)を一株の権利行使価格で除すと一ワラントの権利行使株数となる。
(4) 権利行使
購入したワラントを行使するには、権利行使価格に取得株数を乗じた株式取得代金を新たに発行企業に払い込まなければならない。
したがって、購入したワラント銘柄の現在株価が権利行使価格と取得株数一株当たりのワラント購入コストを上回らなければ権利行使するメリットは投資家に存しない。
(二) ワラントの価値と危険性
ワラントの基本的財産価値は、株価と当該ワラントの行使価格の差額に、引き受けられる株数をかけあわせた額であり、この理論的価格はパリティと呼ばれる。
例えば、現在株価が一〇〇〇円の銘柄につき、ワラントでは八〇〇円の権利行使価格で一〇〇〇株買えるとすると、
(一〇〇〇円-八〇〇円)×一〇〇〇株=二〇万円
がそのワラントの理論的価値となる。
したがって、株価が二割上がって一二〇〇円になれば、ワラントは、
(一二〇〇円-八〇〇円)×一〇〇〇株=四〇万円
となり、倍の儲けとなる。
しかし、株価が二割下がって八〇〇円になれば、ワラントは、
(八〇〇円-八〇〇円)×一〇〇〇株=〇円
となり、投資金全部を失う結果となる。
ワラントが極めてハイリスク・ハイリターンといわれる理由はここにある。実際にはこれにプレミアムが付加されて、現実の取引価格となるが、プレミアムは元来曖昧な数値で、これがワラント価格の不透明性につながっている。
(三) ワラントの問題点
(1) リスクの巨大さ
ワラント債は、新株引受権(ワラント)と社債が一体(未分離状態あるいは非分離型)であるうちは、たとえワラントが無価値になっても投資者は社債元金が確保されるし、低いながらも利息も受け取ることができ、この点を覚悟すればリスクは殆どない。
ところが、ひとたびこれが分離されて独自に取引されると、前述のパリティ自体にハイリスク性がある上、さらにプレミアムという実体のない価値が付加されて、必然的に激しい値動きを引き起こし、一瞬にして全損を招きかねないほどの超ハイリスクを生ぜしめる。
さらに、ワラントには、権利行使期間と権利行使価格が存在するという商品構造自体がハイリスク性を有している。すなわち、ワラントは権利行使期間を経過するとまったく無価値な紙屑となる上、右期間経過前でも株価が権利行使価格を超える見込みがない場合にはやはり無価値になってしまい、容易に投資額の全損を招く性格を有しているのである。
(2) 取引手法の複雑さ
ワラントは、本来、社債の低利発行手段としてオマケ的意味をもつものにすぎず、権利行使期間や権利行使価格という制約がある上、プレミアムによって膨張した実体の希薄な権利であるだけに、その取引のシステムは極めて技巧的である。
さらに外貨建ワラントは、店頭取引であることや、外国証券としての為替レートの介在も相まって、その取引システムは、決して一般投資家が容易に理解しうるものではありえない。
(3) 価格決定の不明朗さ・取引の不公正さ
外貨建ワラントは外国証券であるから国内の証券取引所には上場されておらず、ルクセンブルグ、ロンドン、シンガポールなどの取引所に上場されているので、これを取引するためには、外国の証券取引所上場のものを委託取引注文するか(外国取引)、または国内の証券会社と店頭で相対取引を行うことになるが(国内取引)、実際上はほとんど店頭で相対取引されている。
すなわち、外貨建ワラント取引は、取引所を通して行われるのではなく(市場集中義務ないし市場集中取引はない。)、証券会社と顧客との間で自ら売主となって手持ちあるいは他から調達したワラントを顧客に売り付け、または自ら買主となって顧客のワラントを買付ける仕組みとなっている。したがって、顧客にとって外貨建ワラントの価格に関する情報は極めて乏しかった。
平成五年五月一日から、ユーロドル・ワラントの気配値(確定した相場がないのでこう呼ばれる。)は日本証券業協会によって発表されるようになったが、発表の対象は特定の銘柄に限られていた。平成二年九月二五日からようやく日本相互証券で行われる外貨建ワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分の中値)が日本経済新聞などの経済、金融、証券の専門紙に掲載されるようになったが、それでも一般全国紙には現在でも掲載されていない。つまり、日本証券業協会が発表する以前、すなわち、平成元年四月三〇日までは外貨建ワラントの価値の開示は証券会社の店頭を除いてまったく行われていなかったのである。
(4) 明確性の欠如
ワラントの原券自体は、ブリュッセルのユーロ債集中振替決済機構に保管され、顧客には証券会社発行の預り証が交付されるだけである。そして、一般に、この預り証には銘柄などの記載があるのみで、当該証券の権利内容がほとんど明記されていないので、金融商品としての明確性・流通性に欠ける。
したがって、外貨建ワラント取引においては、顧客は実質的には買入先の証券会社に当該ワラントを引き取ってもらうしか投下資本回収の道はない。
(5) 証券会社に構造的うま味
証券会社は、自らが当事者となっての取引であることから、他の商品の単なる手数料とは比較にならない高率の利ざやを獲得できる上、市場外取引であることを利用して近時社会問題とされた大口顧客に対するいわゆる損失補填に代表されるような自己の思惑どおりの取引を展開することができたのである。
4 勧誘行為の違法性
右のようなワラントの特質等からして、被告会社自体またはその従業員であるBには、原告に対して本件ワラントを販売するに際し、次のような違法行為があった。
(一) 適合性の原則違反
(1) 大蔵省証券局長から日本証券業協会会長宛の昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一の通牒によると、「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等の最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること。特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること。」と定められている(適合性の原則)。
(2) 原告は、昭和五〇年代末ころから被告神戸支店を通じて株式の取引を始めたが、主に一部上場の安定株の現金取引であり、他には投資信託、公社債等の取引経験はあるが、信用取引、先物取引等投機的な取引経験はない。しかるに、ワラントは、その商品構造上、極めて投機性の高い商品であり、なかでも外貨建ワラントは、為替差損の危険性や店頭取引による価格形成過程の不透明さをも抱えた商品であるから、原告にワラント購入を勧誘したこと自体適合性の原則に違反する。
(二) 説明義務違反
(1) ワラントは、その商品構造上、極めて投機性の高い商品であり、なかでも外貨建ワラントは、為替差損の危険や店頭取引による価格形成過程の不透明さをも抱えた商品であって、かかる商品を一般投資家に対し勧誘する場合は、勧誘している取引が投機取引であることを相手方に周知徹底させ、ワラント取引の仕組み、危険性、行使期間、価格決定要因等について十分な説明をすべき取引法上の義務を負うというべきである。
(2) しかるに、Bは、原告に対し、権利行使期間、権利行使価格、一ワラントの権利行使による取得株数及び権利行使する場合に必要な株式取得代金の額の決定方法等ワラントの商品構造、店頭・相対取引という取引形態であること、価格情報の入手方法、ポイントの意味、価格の計算方法等外貨建ワラント特有の取引形態に伴う事項、期限を過ぎれば無価値になることといったワラントの危険性について説明をしなかった。
Bが、原告に対し、ワラントの購入を勧誘したのは、電話で五分間程度であることからも、Bが何らワラント取引についての説明義務を尽くしていないことは明らかである。
(三) Bの勧誘に際しての証券取引法違反
(1) 断定的判断の提供
Bは、勧誘に際し、「必ず儲かる」と述べてワラントが必ず値上がりする旨の断定的判断を提供した。これは、平成二年法律第四三号による改正前の証券取引法(以下単に「証取法」という。)五〇条一項一号に違反する。
(2) 虚偽表示・誤導表示
Bは、ワラントが極めてハイリスクな投機的商品で、場合によっては投資額全損という事態も生じうるにもかかわらず、その危険性については伏せたまま、「過去の例から必ず儲かる。」「株価が下がっても円高になれば儲かる。」などと虚偽もしくは甚だ不正確な情報を提供している。これは、虚偽表示ないし誤解を生ぜしめる行為を禁止した証取法五〇条一項五号に違反する。
(四) 詐欺
Bは、ワラントの危険性を隠し、あたかも株式と同様の商品であるかのように申し向けて原告をその旨誤信させ、本件ワラントを購入させた。
(五) 説明書の不交付等
Bは、本件ワラントを販売するに際し、日本証券業協会が作成した新株引受権証券説明書を交付せず、取引に関する確認書も徴求しなかった。
5 損害の発生
本件ワラントは、権利行使されることなく、右権利行使期間が経過したため現在では無価値となった。よって、原告は、ワラントの購入代金相当額である一七七万五〇二五円の損害を被った。
6 被告の責任
(一) 被告は、危険なワラント取引について、その危険性を顧客に周知させるように自己の外務員に指導せず、むしろ外務員に厳しいノルマを課して、ワラントを有利なものとして積極的に一般投資家に売りさばくよう指導し、Bをして前記のような違法な勧誘をさせたもので、これは原告に対する会社ぐるみの組織的詐欺であり、右被告の行為は民法七〇九条の不法行為に該当する。
(二) Bの前記原告に対する違法な勧誘行為は、ワラントの販売活動という被告の事業執行についてなされたもので、これによって原告に前記損害を与えたものであるから、被告は右損害について民法七一五条の使用者責任がある。
7 よって、原告は被告に対し、右不法行為に基づく損害賠償として一七七万五〇二五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3について
(一) ワラントの銘柄の会社の株価(時価)がワラントの権利行使価格と同じになると、ワラントの理論価格(パリティ)はゼロ円になるが、市場価格は必ずしもそうはならない。すなわち、権利行使期間の最終日までに期間がある場合には、この間に右銘柄会社の株価が権利行使価格を超えると予測する投資家がいる限り右会社のワラントに対する需要はあり、ワラントに対する市場価格がつく。この(権利行使期間内における)将来の値上がり期待により生ずる価格がプレミアムである。
ワラントの価格は基本的にパリティによって決定されるから、発行会社の株価の上下に連動して上下し、しかもその変動率は株価よりも大きいということができるが、実際のワラントの市場価格には、パリティのほかにプレミアムの部分もあるから、ワラント価格が必ずしも常に株価の変動と一致するとは限らない。例えば、ある銘柄について一時的に株価が下がっている場合でも、中、長期的に見て、それが有望銘柄であり、株価の先高期待観が強ければ、ワラント価格は下がらないということがあり得るし、また、逆の場合もあり得るものと考えられる。
(二) ワラントの売買価格(正確には気配値)は、前日のロンドンにおける業者間マーケットの最終気配値を基に、当日の東京株式市場の株価動向を考慮して各証券会社で定められている。したがって、値付けをする証券会社によって多少売買価格が違うことがあるとしても、各社とも一定の数値、基準のもとにこれを決定しているのであって、決して恣意的な決定がなされているものではなく、証券会社間でそれほど大きな差異を生じるものではない。
(三) ワラントのリスク
外貨建ワラントのリスクの主なものとしては、権利失効リスクと価格変動リスクであるが、そのほかに為替変動リスクも考えられる。
(1) 権利失効リスクは、ワラントの権利行使期間が経過すれば、ワラントが無価値になるということであり、これはワラントが期限付の権利であることから当然のことであって、かつ、権利行使期間がいつであるかはワラント発行時に予め決定されている。
(2) 価格変動リスクは、ワラントの価格が株価に連動して、かつ、いわゆるギアリング効果により株価より大きく変動することであるが、このハイリスク・ハイリターンの傾向は、ワラントの商品としての特性であって、高い投資効率を有する商品には高いリスクが伴うことはやむを得ない。
(3) 為替変動リスクは、外貨建ワラントの場合、売買契約代金が約定日当日の為替相場により影響を受けることであるが、そもそも為替変動の幅は大きなものではなく、ワラント価格に影響を及ぼす為替変動は、発行会社の株価の変動に比べると極めて小さなものであるうえ、為替レートについては毎日何回もテレビ、ラジオその他で報道されて一般に知れ渡っており、常識化しているものである。なお、新株引受権行使の際の為替レートは、権利行使価格その他の条件とともに予め発行時に固定されており、行使価格、引受株数が為替の変動で左右されることは一切ない。
(四) 以上のとおり、ワラントは、発行会社の株式そのものではなく新株引受権である。したがって、株式の価格をはるかに下回るワラント購入代金の支出によって発行会社の株式を取得できる権利を得、その株式が値上がりする場合には、取得できる株式の全部についてのキャピタルゲインを取得しうる一方で、その株式が値下がりした場合にも、株式全部の買付けに要する金額全体についての値下がりのリスクを負わなくても済むというメリットを備えた商品である。また、権利行使期間内であればいつでも権利を行使して株式を取得することができるし、その時々のワラント時価を以て売却することも自由である。このような機能的商品であるため、投資の方法次第で、投資家にとっても大きなメリットが得られるものであって、原告の主張するような危険性のみを有する商品ではないのである。
また、こうしたメリットを受けられるのは、卓抜した知識、経験を有し、資金力の豊富な一部の非常に限られた投資家だけではない。活況となったワラントの流通市場において利益を上げたのは、何も一部の恵まれた投資家に限られたものではなく、いわゆる一般投資家においてもワラント市場の活況時には、大きな利益を上げているのである。
3 同4について
(一) 同(一)(1)は認める。同(2)のうち、原告が被告神戸支店を通じて株式の取引を開始したことは認めるが、取引内容については不知。その余は否認する。
(二) 同(二)(1)、(2)は否認する。
Bは、原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘するに際し、ワラントのいわゆるギアリング効果について説明し、ハイリスク・ハイリターンの商品であること、外貨建てであること、権利行使期間経過後は無価値となることについても説明した。
(三) 同(三)の事実は否認する。
(四) 同(四)の事実は否認する。
(五) 同(五)の事実は否認する。
Bは、本件ワラントの受渡日である平成元年一二月一八日、原告宅を訪れ、原告に対し、日本証券業協会発行の外国新株引受権証券取引説明書を交付し、原告は、ワラント取引を自己の判断と責任において行うことを確認した確認書を提出している。なお、右確認書は、後日証券業協会の通達により新しい確認書を再度徴収した際、廃棄処分としている。
4 同5、6の事実は争う。
三 抗弁(過失相殺)
仮に、被告に原告主張の損害賠償責任があるとしても、本件ワラント取引をなしたことについては原告にも責任があるから、相当の過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実及び主張は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 当事者・本件ワラント取引について
請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 本件ワラントの勧誘行為の違法性について
1 本件ワラントの勧誘行為
(一) 成立に争いのない甲第四五号証、第四七号証の一ないし三、第四九号証の一及び二、原告の署名押印については争いがないから真正に成立したものと推定すべき乙第一、二号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四八号証の一及び二、乙第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四六号証、証人Bの証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証、第四号証の一及び二、第七号証、証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告・被告間の従前の取引状況
原告(昭和四年○月○日生)は、大阪第一鉄道学校土木課を卒業し、技術関係の会社に勤務した後、昭和四六年大新測建株式会社を設立し、平成二年一月からは個人で建築監理業を営んでいるものである。
原告は、昭和五六年ころから現物株、公社債、投資信託等の取引を行っており、被告(神戸支店)とは昭和五九年ころから取引を開始した。原告は、右被告との取引では、自己名義のほか実母や妻の名義も使用していたが、その取引内容は、被告の営業社員として原告を担当していたBの目から見ても堅実なものであった。
(2) 本件ワラント取引の経緯
① 被告においては、平成元年六月ころからワラントを取り扱い始め、被告の営業担当者にワラントの基本的内容を理解させるため、説明会を開催した。Bは、右説明会に参加し、ワラントに詳しい被告の従業員から、ワラントの特質、取引の仕組み等その概略について説明を受けた。そこで、一度実際に扱ってみようということで、顧客に勧めてみた。しかし、実際の売り買いのタイミングなど実践的な内容については十分理解できなかったので、これを理解するため、被告の社員により自主的に開かれた勉強会に参加した。Bは、右説明会や勉強会を通じて、ワラント自体かなりうま味のある商品であり、比較的少額の金額でかなりのメリットがあるとの認識を得た。
② Bは、平成元年一二月一三日午後七時過ぎころ、被告の営業企画部から、被告手持ちの伊藤ハムワラントを翌日の午前九時までに販売するよう指示を受けた。右指示は、決済の関係で翌朝株式を売却してその分で代金充当するということでは間に合わないとするものであったので、Bは、預金・売却代金等の預り金が被告に残っている顧客を中心に電話をかけて右伊藤ハムワラントの購入を勧誘することにし、一、二人に勧誘の電話をした後、実母×××名義で株式売却代金を預かっていた原告に電話をかけた。そして、Bは、原告に対し、挨拶程度に簡単に原告が当時保有していた株式の状況について説明した後、伊藤ハムワラントの購入を勧誘した。Bは、原告に対し、「儲かる伊藤ハムのワラントがある。」、「円高になれば儲かるし、株価が変動して上がれば儲かる。」などと、ワラントの価格が株価に連動し、為替相場に影響されること、少額の投資で収益性が高いことなどについてごく簡単に説明するとともに、伊藤ハムの株価が上昇基調にあり、伊藤ハムワラントの値上がりが期待できる旨述べて勧誘し、「あと三日で締切りで、残りの数がごく僅かしかない。できれば今日決めていただきたい。」と述べて原告に即決を求めた。右Bの説明は伊藤ハムの株価の動きに重点が置かれ、ワラントの性質ないし仕組み、危険性等についての説明はほとんどなかった。
Bとしては、当時株式相場全体が上昇基調にあり、伊藤ハム株も同様の基調にあるとの認識であったので、ワラントの危険性について特に意識しておらず、原告の質問も伊藤ハムの株価の動向やその予測に関するものばかりであったので、ワラントについての説明はごく簡単に済ませたのである。しかし、伊藤ハムの株価は、実際には、Bの右勧誘当日である平成元年一二月一三日前より下落傾向にあって、同日の終値は一五四〇円(前日より三〇円安)、その前日の同月一二日の終値は一五七〇円(前日より一〇円安)と下落していた。
原告は、ワラントという商品自体についてはその時初めて耳にしたが、Bの説明を聞いて、株式か社債の類のもので、多少の価格の変動はあってもほぼ元本分は保証され、無価値同然になることもあるものとは全く考えずに、被告の預り金にしていた株式売却代金が一九〇万円ほどあったことから、Bの勧誘に応じて、右預り金でまかなえる最小単位での購入を決意し、Bに本件ワラントを代金一七七万五〇二五円で購入することを承諾した。
右Bと原告の通話時間は一〇分から一五分程度であったが、そのうちワラントの説明に費やされたのは五分くらいであった。
Bは、右勧誘の際の原告の電話での応答の様子から、原告はワラントについてよく理解していないような感じを持った。そして、同月一八日付で、右原告のための預り金の内から右ワラント代金の支払に当てる処理による本件ワラント代金の決済がなされた。
(3) 本件ワラントの権利内容
本件ワラントは、発行日昭和六三年七月七日、発行額一・二億米ドル、額面五〇〇〇米ドル、付与率一対一、固定為替一三三・七〇円(発行時為替レート)、行使価格一六一〇円、権利行使期間昭和六三年七月二一日から平成五年六月二三日とする内容のものであった。
(4) 本件ワラント取引後の経過
① Bは、平成元年一二月一八日、原告宅を訪れ、原告の妻に預り証を交付し、被告神戸支店は、翌日には、外国証券取引報告書を原告に送付した。
② Bは、同二年二月上旬ころ、原告方を訪れ、外国証券取引口座設定約諾書二通に原告の署名押印を貰い、被告神戸支店に持ち帰った。被告神戸支店は、同年二月一四日付で右約諾書のうち一通を原告に送付した。
③ 原告は、同年三月二八日、国内新株引受証券及び外国新株引受証券の取引に関する確認書に署名押印し、被告従業員に交付したが、被告においては、当時は説明書を交付する扱いが確立していなかったので、原告は、説明書の交付を受けなかった。
④ その間、原告は、被告神戸支店に数回電話をして本件ワラントの価格について尋ねたが、下がっているということを伝えられるのみで、具体的な価格については答えてもらえず、原告としても、株価全体が下がっているのならば、本件ワラントの価格が下がっても仕方ないと感じていた。
⑤ 伊藤ハムの株価は、本件ワラント取引後も下落傾向が続き、平成二年三月ころには一四〇〇円を割り、同年後半からは一二〇〇円を割り、平成三年には一〇〇〇円をも割る状態となり、値がつかない状態となった。
⑥ 原告は、平成四年六月ころ、ワラントが全く無価値になるということを週刊誌の記事で知り、同年七月ころ、ワラント被害調査団の弁護士に相談した。
(二) 証人Bは、原告に対し、ワラントが権利行使期間を過ぎれば全く無価値になること、株価に連動しハイリスク・ハイリターンであること等を説明した旨証言し、これに対し、原告は、その本人尋問において、Bからは、権利行使期間を含め、本件ワラントの権利内容やワラントの危険性についての説明は受けていない旨供述する。
しかし、証人Bの証言によっては、Bが原告に電話した際本件ワラントの内容・情報につきどのような資料に基づいて原告に説明したか明らかでない(証人Bの証言中には、本件ワラントの販売を指示してきた部署からファックスで本件ワラントの内容・情報が連絡されてきたかのような証言部分があるが、他方で「権利内容等につきファックスが流れてきたかこなかったかよく分からない。」旨の証言部分もあるなど、全体として右証人Bの証言部分は具体性に欠け、不明瞭さの残るものといわざるをえない。)。これに加えて、Bは、本件ワラント取引当日の午後七時ころに翌日の午前九時までに買手を見つけるようにとの被告の他部署からの指示を受け、時間的に非常に切迫し、かつ、見つけなければならない顧客が預り金のあるもの等に限られるという状況の中で、原告に勧誘の電話をしたものであること、しかも、右電話での勧誘が非常に短時間であること、伊藤ハムの株価に関することに話の重点があったこと、被告においては、その営業担当者に対し、ワラントに関して一時間ほどの説明会を開いたのみであり、また、預り証(乙第八号証)及び取引報告書(乙第七号証の様式のもの)も外国公社債用のものを流用したもので、ワラントに関して権利行使期間を記載する欄がないなど、ワラントの取引に関する取扱方法が確立していなかったこと、B自身、本件ワラント取引の勧誘の際の原告の応答から、原告がワラントについてよく理解していないと感じていたこと等の前記認定の事情及び後記認定のワラントの仕組みや危険性等を合わせ考慮すれば、Bにおいて本件ワラントの権利内容や、ワラントの仕組み、危険性等につき原告が理解できる程度に説明することは到底困難であったと考えられ、Bがワラントの仕組みや権利行使期間の存在を含むワラントの危険性について説明したとは考え難い(仮に、Bが右勧誘の際ワラントの仕組みや危険性について言及したとしても、それが原告において理解できる程度の内容のものであったとは到底考え難い。)。
したがって、右証人Bの証言部分は採用できない。
2 ワラントについて
成立に争いのない甲第一四号証の一および二、第一五号証の一及び二、第一六号証、第一七ないし二〇号証、第二六ないし二八号証、第三三号証、第四〇号証の一及び二、第四一ないし四四号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実のほか、請求原因3(二)、(三)の(1)ないし(4)の事実が認められる。
(一) 昭和五六年の商法改正(第二編第四章第五節第四款)によって株式会社に発行が認められた新株引受権付社債の別名をワラント債といい、このワラント債に表章される、一定期間内に一定価格で一定数量の新株式を引き受けることのできる権利またはその権利を表章する証券のことをワラントという。
ワラントには、分離型(発行後新株引受権を社債と分離して取引の対象とすることができるもの)と非分離型(右の分離をすることができないもの)とがある。また、ワラント債の発行通貨別に、外貨建ワラント(外国で外貨建で発行されるワラント)と、国内ワラント(国内で発行される円建のもの)とがある。外貨建ワラントは店頭販売され、相対取引が原則となっている。
(二) ワラントは、次のような仕組みのものである。
(1) 一定の価格(権利行使価格)で新株引受権を行使できる権利である。
権利行使価格は、社債発行時の株式時価を基準に若干(通常は二・五パーセント)上回る水準に定められるのが通例である。
(2) 新株引受権を行使できる期間(権利行使期間)は予め定められており、その期間が経過すれば引受権は消滅する。
(3) ワラントの価格は、将来のその銘柄の株価の上昇を期待してのプレミアム価格の部分もあるので必ずしも株価の変動とは一致しない場合もあるが、原則的にはその銘柄の株価の変動に連動して上下する。
(三) ワラント取引の危険性
(1) ワラント取引の危険性は、主に、①権利行使期間の存在と、②価格変動の大きさにある。
右①の点は、ワラントの権利行使期間内に権利の行使をしないでその期間を経過すれば、権利が消滅し、投資金額がゼロになるというリスク(権利失効のリスク)をもたらす。
右②の点は、ワラントは、その銘柄の株価の上下によって株式の数倍の幅で価格が上下する傾向があることから(ギアリング効果)、少額の投資で株式売買と同様の投資効果を上げることが可能であるが、その反面、ワラント価格の変動が株価の変動に比べて数倍にもなり得るものであり、したがって、比較的少額の投資で高い利益を得ることができる反面、値下がりも激しく、多額の損失を被る危険も大きい(ハイリスク・ハイリターン)。
そして、実勢株価が権利行使価格未満で低迷し、かつ、権利行使期間内に実勢株価が権利行使価格を上回ることがないことが確実となったときは、その権利行使期間の終了を待たずにワラント価格はゼロ(無価値)となる。そうなれば、購入価格以下の価格でも売却処分するということもできなくなり、結局その状態で権利行使期間の終了を迎え、ワラントの権利は消滅してしまい、紙屑同然となる。
(2) 外貨建ワラントの場合には、売買約定代金が約定日当日の為替相場により影響を受け、為替変動の影響は有利にも不利にもなりうるが、これはワラントに特有のことではない。引受権行使の際の為替レートは、発行時に予め固定されているため、行使価格、引受株数が為替の変動で左右されることはない。
3 証券取引の勧誘と証券会社の注意義務
(一) 投資家が証券取引を行うのは自由であり、投資家は、一般に証券会社等が提供する情報や助言に、自らが収集した情報を併せて、当該取引の特質や危険性の有無・程度、自己の財産的の基礎の有無等を判断し、その適否を決定すべきものである(自己責任の原則)。
しかし、証券会社は、証券市場を取り巻く政治、経済情勢はもちろん、証券発行会社の業績、財務状況等について高度の専門的知識、豊富な経験、情報を有しているのであり、多数の一般投資家は、そのような証券取引の専門家たる証券会社の推奨、助言等を信頼して証券市場に参入しているのであって、このような状況下においては、右のような投資家の信頼が十分に保護されなければならないことも当然である。
(二) 右の要請から、証取法五〇条一項一号、五号、昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則に関する省令」一条一号が、証券会社等による断定的判断の提供、虚偽の表示または重要な事項につき誤解を生じさせるべき表示等を禁止し、昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号日本証券業協会長宛通達で、投資家に証券の性格や発行会社の内容等に関する正確な情報の提供、勧誘に際し投資家の意向、投資経験及び資力に適合した投資が行われることへの配慮や取引開始基準の作成等を要求し、日本証券業協会制定「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)で、証券投資は投資家自身の判断と責任において行うべきものであることを理解させるものとし(自己責任の原則の徹底)、新株引受権証券等についての取引開始基準の制定や説明書の交付等が定められ、投資家の保護が図られている。
(三) もっとも、右法令等は、公法上の取締法規または営業準則としての性質をもつものであり、それに違反する行為が直ちに私法上も違法と評価されるものではない。しかし、右の法令等が前記のような証券会社と一般投資家の関係から投資家の信頼を保護するために制定されたものであることを考慮すれば、証券会社やその使用人は、投資勧誘に当たり、信義則上、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験、投資目的等に照らして、投資家に対して当該取引に伴う危険性について的確な情報を提供すべき義務を負うことがあるというべきであり、これに違反する証券会社やその使用人の投資勧誘行為は、具体的状況によっては私法上も違法と評価されるべき場合があるものというべきである。
4 Bの勧誘行為の違法性について
以上のところからBの本件ワラント取引の違法性について検討すると、原告は、被告の担当者であるBの目から見ても比較的堅実な取引を行ってきており、本件ワラント取引当時ワラントについての知識やその取引の経験はまったくなく、Bにおいても原告にワラントについての知識がないことを感じ取っていたのであるから、Bとしては、新たな金融商品である本件ワラントの投資勧誘を行うに当たっては、ワラントという商品がハイリスク・ハイリターンのものであり、当該銘柄の株価の動向によってはまったく無価値になる場合のあることなど、その意思決定に重要な当該取引に伴う危険性について正当な認識を形成するに足りる情報を提供し、原告においてそれについての理解が得られるような説明をすべき義務があったというべきである。
ところが、前記認定のとおり、Bは、本件ワラント取引を勧誘するに当たり、電話で、単にワラントという商品の価格が株価に連動し、為替相場の影響を受けること等についての抽象的な説明をなしたにとどまり、前記のような当該銘柄の株価の動向による損失の危険性については説明しなかっただけでなく、本件ワラントの銘柄株である伊藤ハムの株価は当時下落傾向にあったのに、同株価の値上がりが期待できるかのような誤った情報ないし株価予測を示して勧誘したものであり(なお、本件ワラント取引後においても、原告には説明書の交付はされず、確認書の徴求も本件ワラント取引の三ケ月以上も後であり、原告に交付された預り証及び取引報告書には権利行使期間を記載する欄がないなど、被告におけるワラントの売買取引の仕方は極めて杜撰なものであったというべきである。)、原告の職業、年齢、本件ワラント取引前における証券取引の経験等を考慮しても、Bの原告に対する本件ワラント取引の勧誘は私法上違法なものであると認められる。
四 被告の責任について
被告が本件ワラント取引につき組織ぐるみで違法に勧誘し、あるいはBをして前記認定のような違法な勧誘行為をさせたことを認めるに足りる証拠はない。
しかし、Bの原告に対する本件ワラントの購入の勧誘が、被告の事業の執行としてなされたことは前記二1(一)(2)認定の事実関係から明らかである。
したがって、被告は、民法七一五条に基づき、Bの不法行為により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。
五 原告の損害について
1 前述の事実関係に照らせば、本件ワラントについては、平成五年六月二三日の権利行使期間の経過により財産的価値は確定的に失われたものと認められるから、原告がBの不法行為により受けた損害は、本件ワラントの代金額に相当する額であると評価するのが相当である。
2 過失相殺(抗弁)について
原告は、本件ワラント取引前から会社を経営し、株式、公社債等の取引は行ってきており、ワラントの取引の経験はなかったが、証券取引の一般的な危険性についての知識は有し、比較的慎重な態度で取引を行ってきていたこと、したがって、前記のようなBの勧誘を受けたとはいえ、十分な知識も情報も持ち合わせていないワラントについて、短時間の説明、勧誘でその購入を決定したことには軽率と評価せざるを得ないところがあると同時に、原告においてある程度の損失が生ずる場合のあることも覚悟していたと見得る面もあること、その他Bの勧誘行為の違法性の程度等本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、被告が原告に賠償すべき損害額は、前記原告が受けた損害額の四割を過失相殺として減じた一〇六万五〇一五円と認めるのが相当である。
3 なお、附帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害発生時と解すべきところ、本件ワラント取引についてはその権利行使期間の最終日である平成五年六月二三日の経過によりその権利が消滅し損害が確定したものというべきであるから、その翌日の同月二四日と認めるのが相当である。
六 結論
以上より、原告の本訴請求は、一〇六万五〇一五円及びこれに対する平成五年六月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 小林秀和 裁判官 中島真一郎)
当事者目録
神戸市<以下省略>
原告 X
右訴訟代理人弁護士 井関勇司
同 雨宮成兆
同 大搗幸男
同 亀井尚也
同 小林廣夫
同 後藤玲子
同 高島健
同 西村文茂
同 藤掛伸之
同 正木靖子
同 松重君予
同 松本隆行
同 山崎省吾
同 吉田竜一
同 内橋一郎
同 中山知行
同 山田直樹
大阪市<以下省略>
被告 一吉証券株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 堀井弘明
同 佐野正幸
同 畑良武
同 島武男
同 堀井昌弘
同 真野淳
同 田村昌之